201709 オーストラリア旅行7 シドニーへ~ダーリングハーバー

色々とハピラブのイベントをこなしていたらあっという間に11月も終わり、息子も帰ってきてしまった。

あらあら。がんばって仕上げなければ。

というわけで、Back to the past.
今日は9/22。CairnsからSidneyへ移動の日。

早朝、ホストマザーに送ってもらい、Cairns空港まで移動。ただし彼女も結婚式の為、あとでSidneyに行くという。
空港について、ドメスティックなので余裕あるなーと思っていたら、なんとdelay。飛行機がまだついていないらしい。とにかく仕方がないので待つ。

30分待ち、1時間待ってもなかなか飛行機はつかない。

息子はとっととPC用コーナーで電源を確保しながらゲームをやっている。
仕方がないのでカフェでコーヒーでも買ってゆっくり待つか。

コーヒーを買おうと並んでいると鮮やかにTattooの入ったオージーが。

結構あちこちで、にぎやかなTattooを入れてる人を見かける。たまに残念な漢字とかいれてしまってるひとがネタになるよね。彼らにとってはファッションだったり信条だったりするので、日本の温泉などでもはじかれないようにしてあげたいが、確かに見慣れるまではちょっとびっくりするかも。オーストラリアにきた初日くらいは、お。Tattooと思っていたが、だんだん気にならなくなってきた。見慣れるってそういうことかも。

二時間半遅れてやっと搭乗。

今回は国内便なので小さい。

CairnsからSidneyはオーストラリア内陸部の上空を通っていく。離陸直後は綺麗な海岸線が見られたが、しばらくいくと眼下に広がる赤い大地。
先住民のアボリジナルの人たちの聖地、英語名「Ayers Rock」私はずっとなんとなく「Air’s Rock」だと思っていたが(変な英語)、実はイギリスの探検家が発見した時に当時のサウス・オーストラリア植民地総督Henry Ayersにちなんで名づけられた名前だそうだ。植民地の名前っていつもどっかの偉い人の名前がついている。
しかし、現在ではアボリジナルの言葉で「Uluru」と呼ばれるようになっているそうだ。もともとアボリジナルの人たちにとっては聖地ゆえに司祭以外は登山をすることは許されなかったが、世界からの観光客の落とす観光収入はアボリジナルの人たちにも大きな恩恵であったため、なかなか禁止することは出来なかった。しかし2019年10月より観光客向けの登山は禁止されることが決まったそうだ。

今回、CairnsとSidneyに行ってみたが、オーストラリアの砂漠や大きな自然に触れるのはあまりなかったので、次に機会があったら是非そちらにも行ってみたい。

さて話を戻そう。

二時間半遅れてやっとシドニー空港に到着。空港を歩いていたら、なんと1便後で来たはずのホストマザーたちがいた。なんと、ほとんど同時に到着したようだ。

Sidney空港はさすが国際空港らしく、Cairns空港に比べると大分大きい。

そこから、まずはホテルへ向かうために電車に乗る

この電車は2階建てになっていて、席が2人掛けと4人掛けを可動式で切り替えることができている。すごい合理的。

あっという間についたCentralStationはとても絵になる駅だった。

ハリーポッターにでてくるようなイギリス式の高い屋根が印象的な美しい建物で、なんとなくSidneyは近代的な都会なのかと思っていた私はとてもびっくりした。

この印象は街中に出るともっと顕著になる。時代を感じさせる石造りの建物に、世界各国の言葉が並び、古さと新しさの同居するなんとも魅力的な街並みだった。

ホテルは3泊するのでミニキッチンのついているAPX Apartments World Squareにした。


フロントの位置は分かりにくく、フロントはビジネス対応で、かつ眺望も望めないが、室内は清潔で広くキッチンも洗濯機もついている。これで一人一泊6500円なら上々だ。

さて、この日はほとんど移動だけになってしまったので、とりあえずホテルから歩いて行ける夜景が美しいというダーリングハーバーに行き、晩御飯は行き当たりばったりで食べることにした。

Sidneyの地図を見ると、繁華街は対して広くなく、電車に乗っても数駅で次のポイントについてしまうし、歩いてもたいした距離ではなかったり。これも予想外だった。

ダーリングハーバー (Darling Harbour) は、オーストラリア連邦シドニー中心部の西部端に位置する地区である。区域はチャイナタウン (Chinatown) からキングストリートワーフ (King Street Wharf) 及びピアモント (Pyrmont) にかけてのコックル湾 (Cockle Bay) 沿岸にひろがっている。
この地区にはもともと貿易港があり、それに関連する倉庫や工場が多く建ち並んでいた。ところがオーストラリア建国200周年にあたる1988年、その当時ニューサウスウェールズ州における公共事業を担当する大臣を務めていたローリー・ブリアートン (Laurie Brereton) によって大規模な再開発がなされ、現在の姿に生まれ変わった。現在、多数のレクリエーションやショッピングの施設が集まり、そして夜景がとても綺麗なこの地区は、大勢の通行人や観光客で賑わうシドニーを代表する一大観光スポットである。 wikipediaより

港町Sidneyは水上タクシーやフェリーが市民の足となっていて、水辺にうつる夜景がとても美しい。

すごくすごく美しいが、雰囲気はお台場とよく似ている


ぶらぶらと歩きながらディナーを食べられそうなところを探す。
チャイナタウンを抜けて行ったが、中華は明日の昼に飲茶を食べに行くことにしているのでパス。

この日は金曜日で町はとてもにぎわっている。


オープンカフェになっているイタリアンレストラン「Baia the italian」で選べるサンセットコースというのがあるらしいのでそこにする。生演奏が流れ、オシャレな雰囲気。そういえばこの度は銀婚式のお祝いだったのだ。


サンセットメニューとやらで少し早めに入ると、前菜から一品、メインから一品、デザートから一品選べて30ドルくらい。物価の高いオーストラリアでこれなら上々かな。
乾杯!

私は前菜に冷たいトマトスープ、メインにサラダ、デザートにパンナコッタ。

夫は前菜にライスコロッケ、メインがカンガルーのステーキ、デザートがショコラムース。

息子は前菜なんだっけ…メインがピザでデザートはソルベの盛り合わせだった。


フレンドリーで美人なお姉さんが話しかけてくれる。日本語ちょっとだけ話せるよといっていってくれたのは「こんばんは」と「ありがとう」だった。
コースはみんなで少しずつシェアして食べたのであれこれ食べられて楽しかった。
息子が自分のデザートを頼もうとしていると、そのスタッフのお姉さんがとなりの席にいたお客さんのお連れさんが帰ってしまい、デザートが余るのでよかったらいかがと言ってくれた。それならとお願いするとねソルベの盛り合わせが二皿きた。さらに息子の自分の一皿。さすがに持て余す量だががんばって食べた。

そういえば、ここのレストランに行く前、チャイナタウンからダーリングハーバーに抜ける道が分からずウロウロしていたら、信号待ちのとなりにいた若い女性に声をかけられた。「私、そこの高層マンションに住んでて、見晴らしはよくて最高なんだけど、今工事をやっていて、騒音がうるさくて大変なのよ。ほんと、ここに住めるのは最高だと思うんだけどね」と立て板に水。見るからに観光客の私達に、不意打ちで話しかけるこのフレンドリーさは一体なんなんだ。
びっくりしたけど、「それは大変ね。凄く素敵な所に住んでるのね。ところで、私達ここにいきたいんだけど行かれなくて」と相談すると、「今工事やってるからここは通れないので、こういってこういっていくと行かれるわ。楽しんでね!」と去っていった。
この間、信号が青になるまでの数分。びっくりしたがこれがオーストラリアの国民性かと納得。とにかく助かって、ここのエリアまで来られたんだった。

食事が終わった私たちはふらふらと夜景を楽しみながらシドニー初めての夜を堪能した。

そろそろホテルに戻るかという段になって、夫はもう少し散策したがったが、私は連日の疲れがあったのでホテルに戻ることに。

一人さまよっていた夫はやたらと建物の写真を撮ってきた。

パワフルで多民族で古さと新しさの同居するSidney。想像したよりコンパクトでびっくりしたが、きれいなものがたくさん見られて満足な一日だった。