201808台湾環島旅行6 松園別館

松園別館で昔に思いを馳せる。

まずは東城商旅で朝食バイキング

翌朝、ガイドさんとは昼前に松園別館で待ち合わせなので、ホテルの朝ごはんを食べてからタクシーで移動することにする。

東城商旅ロビー

シンプルなホテルだったがフロントのお姉さんは感じよかった。(もっとも台湾のホテルで感じの悪いフロントほとんどいないけど)

あまり英語は得意ではなさそうだったが、一生懸命つたえようとしてくる気持ちが通じてほっこりした気持ちになる。やっぱり気持ちって大事だなー。

東城商旅の朝ごはんはホテルバイキングとはいうものの三つ星なのでそんなにゴージャスではない。でも洋食、中華が自由に選べて久しぶりにパンとコーヒーを頂いたのでよかった。

将軍府は割愛しました。

フロントにタクシーを読んでもらい、次の目的地松園別館を目指す。

当初、松園別館の前に「将軍府」という旧日本統治時代に日本人が住んでいた日本式建物群をも予定していたが、いままでのうちの観光ペースからどちらかにしぼったほうがゆっくり見られそうだったので割愛。

なので将軍府についてはこちらを。

将軍府(花蓮市)
将軍府(花蓮市)。花蓮の街は日本に似ています。かつての大佐宅から周辺も歩いてみました
2018年 將軍府へ行く前に!見どころをチェック - トリップアドバイザー
將軍府(花蓮市)に行くならトリップアドバイザーで口コミ(25件)、写真(31枚)、地図をチェック!將軍府は花蓮市で24位(77件中)の観光名所です。

松園別館

で、タクシーで10分足らずでついた松園別館。

松園別館官方網站

松園別館
松園別館兵事部

松園別館は1942年(昭和17)年、日本の重要な軍事指揮センター「兵事部」として建てられました。周囲を琉球松に囲まれていたため、この名がついたそうです。太平洋が見渡せる高台に置かれたので、視野は良好。美崙溪の入海状況ほか、当時は花蓮港や太平洋の船舶数、南機場の航空機の発着なども観察することができました。また、松林に隠れた建物もその動向は周囲から察しにくかったようです。日本統治時代は、将校、士官の接待宿泊所として、また特攻隊員が出征前に宿泊し、天皇からの「御前酒」を賜る場所としても利用されました。

by 台北ナビ

その後米軍の娯楽施設として改修され使用されていた。現在は歴史的建物とともに、Cafeやイベントスペースもある場所となっている。

歴史を見てきた琉球松

琉球松に囲まれた洋館。本館の兵事部。

花蓮港が見える。昔はもっと見えたんだろう

樹齢100年を超える建物を覆わんばかりの琉球松。以前は60本以上あったが害虫や台風の影響で現在では31本と半減してしまったらしい。

小木屋

本館は最後に回し、まず小木屋(松園故事館)から松園別館木小屋

日本式の木造建築でかつては軍人の集会所だったところ。

木小屋内部

内部には神棚の跡があり、かつては特攻隊の兵士達が天皇からの御前酒を頂く場所として使われ、終戦時には切腹を図った軍人もいたそう。

床などは腐り落ちていたため改修されているが、この建物はいったい何を見てきたのだろう。ここに何人の人がどのような気持ちで座ったのだろう。厳粛な気持ちにさせられる。

現在はイベントスペースとして活用されているそうだ。

兵事部本館

ツタで覆われたショップの裏側。奥に兵事部が見える。

ツタの絡む建物はとても絵になる。

兵事部の裏は睡蓮の池が


兵事部は和洋の建築様式が混在した洋館で、比較的装飾が少ないのは竣工を急いだからだとか。それでも洋館独特のノスタルジックな装飾が数多く見られる。

台湾光復後、放置されていた松園別館は廃屋同然となっていたそうで、ガジュマルによって門扉はすっかり包まれてしまっている。

ガジュマルの生命力はすごく、このあといく台南でもそれを目の当たりにした。

防空壕と特攻隊

そして、今回私の中で行かなければと思っていたのが、この防空壕。

防空壕の話は昔一緒に暮らしていた祖父母から様々に聞いたことがあるが、そのときは想像することも出来なかった。

ここ、松園別館に作られた防空壕は狭い階段を降りたところにあり、当時駐留していたと言われる20名も入るときっといっぱいだろう。砂地で水はけが良くなっており、海に向かって少し傾斜している。

防空壕の中には当時の資料が貼られ、予科練の歌と報道が流されている。ここから飛び立った「飛燕特攻隊」には台湾人も含まれ、九州鹿児島知覧からの特攻隊とともに沖縄戦に従軍し、太平洋に散っていったという。

松園別館防空壕

私の母方の祖父は予科練に行ったが出兵することなく戦後を迎え、自分が戦争に加われなかったことに生涯慚愧を感じ続けた人だ。祖父がいつまでも戦時中の歌を流したり旗をかざったりしているのをなんでそんなに過去にとらわれるのかわからないと子供の私は思っていた。「戦争は悪いこと」と教えられた私には、お祖父ちゃんの話す戦時中のキラキラした青春の思い出を聞くことさえ、なんだか悪いことのように思われた。

そして父方の祖父は南方戦線に加わり捕虜になって後生還した。私にとっては優しいお祖父ちゃん以外の何者でもなかったが、戦時中の思い出については見知らぬ国の名前と良かった思い出だけを繰り返し聞いた。きっと愛する孫娘には黙っていたことが沢山あったのだろう。。

年の差もあり、体験もまるで違う二人、戦争に対する気持ちには大きな違いがあったようだった。そのことに気がついたのもここに来たからかもしれない。

もう何十年も忘れていたそんな祖父達のことを思い出し、あらためて戦争という嵐に巻き込まれ散っていった全ての命に手を合わせて、松園別館を後にした。

その7に続く。